大正10年(1921年) | 澤田助三郎、板橋本町に医薬業「澤田商店」を創業 |
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大正14年(1925年) | 神田明神下に移転。「澤田寶仙堂」に改創 |
昭和5年(1930年) | 樺太を含む国内の代理店販売網を確立 |
昭和7年(1932年) | 陸軍省第一局に栄養剤を納入開始 |
昭和19年(1944年) | 戦災により一時閉店 |
昭和25年(1950年) | 「澤田宝仙堂薬局」として、医薬品の卸売及び小売を再開 |
昭和36年(1961年) | 澤田賢三郎、「マムタン本舗」として卸売を独立・開業 |
昭和53年(1978年) | 「宝仙堂ビル」が神田明神下に完成 |
昭和55年(1980年) | 超ロングセラー商品「パワーライフ」発売 |
昭和56年(1981年) | 「宝仙商事株式会社」設立。通信販売システムを確立 |
昭和57年(1982年) | 「株式会社宝仙堂」設立。卸売及び小売部門を統括 |
昭和58年(1983年) | すっぽん料亭「銀座・ほう仙」を銀座7丁目に開店 |
昭和59年(1984年) | 「宝仙堂千葉工場」千葉県印旛郡(現・八街市)に竣工 |
昭和61年(1986年) | 世界初の亀の水族館「伊豆アンディランド」(現・「iZoo」)を 静岡県賀茂郡に開園 |
昭和62年(1987年) | すっぽん料亭「ほう仙」を上野6丁目に移店 |
平成3年(1991年) | 創立70周年記念祝典開催。記念誌「壮健一路」を刊行 |
平成5年(1993年) | 「千葉工場新館」を竣工 |
平成12年(2000年) | 代表取締役社長に澤田昭紀就任 |
平成16年(2004年) | 宝仙堂グループ4社合併、経営統合 「宝仙堂の凄十」(通販専用品)完成 |
平成17年(2005年) | 「宝仙堂の凄十1dayパック」をコンビニエンスストアにて販売開始 |
平成18年(2006年) | 「宝仙堂の凄十パワー液」を全国コンビニエンスストアにて販売開始 |
平成20年(2008年) | 「楽匠マイスター」(通販専用品)発売開始 |
平成22年(2010年) | 「すっぽんコラーゲン」販売開始 |
平成24年(2012年) | 「宝仙堂の凄十 Max Energy」全国ドラッグストアにて販売開始 「宝仙堂の凄十」全シリーズ、全国主要コンビニエンスストアにて販売開始 |
平成25年(2013年) | 「千葉工場本館」大改装 |
大正浪漫華やかな大正10年(1921年)10月、東京市の板橋本町に寶仙堂初代、澤田助三郎(政久)は医薬商「澤田商店」を創業。開放的なロマン主義の時流を読み、医薬品の中でも「婦人薬」並びに「強精強壮」分野に重きを置く専門性の高い薬局でした。大正14年には神田明神下に移転し、「澤田寶仙堂」に改称。北は樺太から南は九州まで販売代理店を拡大し、栄養剤や強壮薬などを販売。陸軍病院へも納入するなど手広く事業を展開しました。
昭和19年には戦災によって一時閉店することになりますが、昭和25年、焼け野原と化した神田に戻った初代助三郎は、「澤田宝仙堂薬局」を再興。神武景気で日本は高度経済成長の昭和30年代に入り、懸命に働く人々は疲労回復対策に強壮薬を求め始めます。そのニーズに応え、強壮薬や壮健食品を開発し注目を浴びたのが二代目澤田賢三郎です。さらに、賢三郎は心臓の手術を受けた折、すっぽんの滋養効果に開眼。以後研究を重ね超ロングセラーとなる「パワーライフ」の製品化に成功しました。
昭和55年発売の「パワーライフ」は、現在も50万人以上の人々に愛飲され続けています。平成12年(2000年)現社長澤田昭紀が三代目に就任。「全世代を支える自助健康」をテーマに、「凄十」「楽匠マイスター」「すっぽんコラーゲン」など、時代のニーズを捉えた新発想の製品を開発。「凄十」は、<滋養強壮プラスSexual>という新コンセプトがヒット、全国のコンビニエンスストア、ドラッグストア等販路を拡大展開中です。時流に適した販売ルートの開拓やメディカルハウスの充実など、健康づくりの様々なサービスをカタチにしています。